なぜ中東では争いが絶えないのか?中東に関する10の歴史的事実 (1/8ページ)
中東はインド以西のアフガニスタンを除く西アジアとアフリカ北東部の地域の総称である。常に争いの火種がくすぶっていて、巨大な混沌に覆われているイメージがあるが、どうしてこれほどまでに収拾がつかなくなってしまったのだろう?
かつて、寛容と知恵と学識で誉れ高かった中東が、なぜ残虐と暴力とカオスで悪名高い場所になってしまったのだろうか?
それを解き明かすには、この地域の歴史をひもとく必要がある。海外サイトにて中東に関する歴史的事実がまとめられていたので見ていくことにしよう。
■ 10. スンニ派とシーア派の分裂

西暦632年は、イスラム世界にとってバラ色の年だったに違いない。追放されていた教団がメッカ入りし、アラビア半島を統一したのだ。神アッラーの名を掲げ、強大な力をもつムハンマド率いるこの宗派は、新たな支配の地を手に入れた。
しかし、ムハンマドは後継者を決めないまま死んだ。
これがすべての地獄の始まりとなった。
征服と宗派の確立に全力で取り組んでいたムハンマドは男児に恵まれなかった。つまり、正式な後継者がはっきりしないということだ。ムハンマドの信奉者の多くは、義理の父のアブー・バクルが最初のカリフ(イスラム共同体、イスラム国家の指導者、最高権威者の称号)になるべきと考えたが、ほかの少数グループは、ムハンマドの従兄弟のアリ・イブン・アビ・タリブがなるべきと考えた。
この意見の食い違いが宗派の分裂を生み、以来ずっとスンニ派(アブー派)とシーア派(アリ派)に分かれた争いがこの地につきまとっている。