83歳筆者の「手作り葬儀」始末記...105歳の母を送って (2/8ページ)
当直の医師が筆者の目の前で、最後の確認を済ませると、「死亡診断書」(文書料として保険適用外で4,320円の支払い)を用意しますから、ここで(つまり、病院で)、このまま遺体を預かることは出来ないので、その間に遺体を保管できる場所(無論、筆者の自宅でもよいわけだが)を探して、遺体を搬出して欲しい、と告げられた。
それに先だって、2、3人の看護師がやって来て「ご遺体の処理をしますので、部屋の外で待機するように」とのことであった。(この死後処置料として自費で病院に16,200円支払った。)
この地方都市に引っ越して来てから約15年ほど経つ。しかし、東京では父の葬儀の経験はあるものの、当地では全く無いし、当地の葬祭状況など全く不案内である。
当地に檀家寺は無いわけだから、当然、葬祭業者の手を借りねばならぬことになる。
筆者の規定方針として、「手作り葬儀」を貫くと言っても、そこには自ずと限界がある。たとえば、たとえ我が母の遺体といえども、そのまま自分が自家用車で搬送することは法令上、認められていないことを知った。
息をしている母なら、実際上の困難さは別として、救急車や介護タクシーでは無く、自家用車に同乗させたとしても何の問題も無い。しかし、一旦、遺体(死体)となると、そうは行かなくなる。
事件性の無い遺体(死体)は、登録された寝台車(葬祭業者による表現)をもって、死亡診断書を携えて運行しない限り、搬送することが出来ないのだ。
まず、ここで葬祭業者の手を借りる以外に方法は無いことになる。
一方、筆者は、当地の葬祭に関する知識や情報を持ち合わせていない。そこで、面倒を見てくれている看護師さんの1人に、出入りの葬祭業者でも無いか、どうか?を訊ねてみたが、「特にない」とのことで、電話帳を手渡され、適当な業者に電話して依頼するように、と告げられた。
こんな大事なことなのに、当てもなく投矢を投げて決めるような訳に行かぬでは無いか。
実は、筆者は、そんなことも予め想定していたので、自宅近くに家があり、年齢は筆者より若いが、当市生まれで、以前から市民運動の活動などで、行動を共にして来た知人の男に電話して、業者を紹介して貰った。