83歳筆者の「手作り葬儀」始末記...105歳の母を送って (5/8ページ)
灯明を上げ、線香を供え、ひとしきり母を偲んだ後、再び家人を車に乗せ、自宅に戻った。家人には家の留守をさせるためである。それから、筆者だけが安置室へ戻って、母の通夜を一人で行った。
古酒を母にも供え、1人で飲みつつ、タブレットに記録した武満徹のレクエイムや母のお気に入りでもあった小沢征爾の演奏を静かに聴きながら時を過ごした。
もともと本来の「通夜」とは、現世と幽界に隔てられた者同士が語り合う場であり、そこでは言葉は無用である。ただ心のみが界を超える媒質を介して、その語り合いを可能とするもの、と筆者は考えている。その意味では、そこに一切余計なものの存在しないことこそが、理想の環境をもたらしてくれる、と信じている。
だから、筆者にとっては、このように実現できた、このお通夜がベストであった、としか言い様の無いものだったのだが、そのことを聞いて、「たった1人のお通夜じゃ、さぞ寂しかったことでしょう。」と声を掛けてくれた古くからの知り合い(俳優S氏)も居る...。
さて、読者諸氏のお考えはどんなものだろうか?
また、筆者の考えは、そもそも葬儀というものは、結局、残された者の側のセレモニーに他ならない、ということだ。
たとえば、身近な例で云えば、筆者の父の際の葬儀のように、社会的に大きく活躍していた者が逝去した場合、第三者にも「死亡」の事実を周知させる必要があるし、歯科大学で長く教鞭を執ってきた人物となれば、教え子達にも最後の別れを告げる機会を設けなければならず、そうとなれば、葬儀も必然的に大掛かりとならざるを得ないし、家族だけで密かに密葬を執り行う、というわけには当然行かない。
この場合、無論心底から死者を悼む参列者もある一方で、世間的な義理や付き合いで顔を出す人々も少なくないだろう。勿論、それはそれでよいのだが...。
他方、105歳まで長生きした母の場合は、長年住み慣れた東京から離れた地での知り合いや友人は初めから数は多くないし、途中で俳句を通じて得た友人達も殆ど先に物故してしまっているし、自分の弟妹達も既に全員あの世へ逝ってしまっている。結果的に、一番身近で長い付き合いがあった、ということになれば、母にとって第一子の筆者(満83年に亘る交流)以外には存在しない。