ヘルマン・ヘッセが敢えて母親の臨終に立ち会わなかった理由 (7/7ページ)
とはいえ、親の臨終に立ち合えた人、間に合わなかったことを後悔している人、そしてヘルマンのように、親子関係がうまくいかなかったため、その後の人生を精神的に圧迫されてきたことから、あえても死に目に立ち合わないことを決めた人もまた、価値ある人生を歩んでいることは言うまでもない。誰にとっても、親の死は重い。それにどう対峙するか。自分にとってかけがえのない親の最期など、考えたくないことかもしれない。だが、まだまだ大丈夫だから…などと先送りするのではなく、その時、自分はどうするのか、心の片隅で決めておく必要があると言えるだろう。「親のため」「親戚のため」ではなく、「自分のため」に。
参考文献:筑摩世界文学大系 (62)、 評伝ヘルマン・ヘッセ〈上〉―危機の巡礼者、 回避性愛着障害 絆が稀薄な人たち