品川区の東海寺にあった原爆犠牲者慰霊碑が葛飾区の青戸平和公園に移された理由 (5/6ページ)

心に残る家族葬



その「場所」が葛飾区に定まったのは、自民党都議会議員の樺山卓司(かばやまたくじ、1947〜2011)や、東友会の活動に賛同し、会に属している葛飾区内の「地区の会」である葛友会(かつゆうかい)の人々からの強い依頼、そしてそれを受けて葛飾区長の青木克徳(かつのり、在任2009〜)や、葛飾区役所総務課の職員が地域の人々からの理解を求めるために、何度も説明会を開いたことなどによるものだという。

こうして2012年10月に「原爆犠牲者慰霊碑」は無事、青戸平和公園に移設された。除幕式には東友会関係者や遺族の人々のみならず、東京都・都議会・葛飾区・葛飾区議会・地元自治会の代表、自民党・公明党・民主党(当時)・共産党・都議会生活者ネットワークの都議、衆参議員が参列した。そして広島・長崎の原爆犠牲者を追悼し、核廃絶と恒久平和を祈ったのだった。

■最後に…

この「原爆慰霊碑」のように、必ずしも個人的なものではなく、多くの人が祀られ、公共性が高い「祈りのモニュメント」が、多様な人々の価値観や思想信条を反映した形で、宗教色を脱したものになること。少子高齢化問題で維持運営が困難となり、維持管理を「公」に委任するため、公立の公園・広場などに移されるようなことは、今後もますます増えてくる可能性がある。また寺院も、冒頭に紹介した見性院や毛越寺のように、新しく大胆な改革をなすところも増えていくだろう。多様な価値観を持つ人々の増加、そしてその「多様な価値観」を何らかの圧力やしがらみの存在によって諦めざるを得なくなるようなことが一昔前よりも減少してきた現代の日本において、「旧態依然」「非合理的」とみなされてしまうものが消滅してしまうのは時代の流れゆえに仕方のないことである。その一方で、「失われていくもの」に一抹の郷愁を感じてしまう人もいるだろう。いずれにせよ、忘れてはならないのは、行宗一の言葉、「被爆者の心情を理解しようとする人間愛と平和の哲学」ではないが、祀られた人たちに対する共感や尊敬、感謝の気持ちがなければ、単に祀る人たちのエゴイズムに過ぎなくなってしまう。
「品川区の東海寺にあった原爆犠牲者慰霊碑が葛飾区の青戸平和公園に移された理由」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る