アダ・ブラックジャック。北極遠征隊に加わり極寒の島に置き去りにされ唯一生き残った奇跡の女性サバイバー物語 (2/9ページ)

アダの写真。左は冬装束のアダ。右はオットセイの脂肪を削り取るアダ。image credit:INTERNET ARCHIVE/ PUBLIC DOMAIN
・夫に捨てられ泣く泣く幼い息子を孤児院に預けたアダ
旧姓アダ・デレトゥークは、1898年、アラスカのスプルース・クリークに生まれた。
ここはノーム岬のゴールドラッシュの町、北極圏の北のはずれの開拓地だ。アダのことはほとんど忘れ去られていたが、2004年にジェニファー・ニーヴンによる伝記『アダ・ブラックジャック:北極での生き残り物語』で、彼女の人生がまとめられている。
アダはエスキモーのイヌピアト族ではあるが、狩りや野生でのサバイバルについては知識がないまま育った。メソジスト派の宣教師によって育てられ、英語を学んで聖書を勉強し、さらに裁縫や西洋人向け料理などの家事も仕込まれた。
アダは16歳のとき、ジャック・ブラックジャックという地元の犬ぞり師と結婚した。3人子どもができたが、そのうちふたりは死んでしまった。
その後、ジャックは1921年にスーアード半島でアダを捨てた。捨てられたアダはしかたがなく、5歳の息子ベネットを連れて63キロ歩いてノーム岬へ戻ろうとした。だが、ベネットが疲れ果てて歩けなくなったため、アダが背負った。