アダ・ブラックジャック。北極遠征隊に加わり極寒の島に置き去りにされ唯一生き残った奇跡の女性サバイバー物語 (6/9ページ)
遠征隊は飢え、ナイトが壊血病らしき病気に冒された。
1923年1月28日、クロフォードとマウラーとガルは、瀕死のナイトの世話をさせるためにアダを残し、シベリアの氷原を徒歩で助けを求めに行くことに決めた。そして、二度と彼らの姿を見ることはなかった。
・病のメンバーを一人で面倒をみるアダ
6ヶ月の間、アダはナイトとふたりきりで過ごした。「アダは医師、看護師、話し相手、召使、ハンターの役目をひとりでこなした」と1924年のロサンゼルス・タイムスの記事にある。さらにアダは木こりでもあった。
瀕死のナイトは、自分の無力さに怒りを覚え、それをアダにぶつけて、介護の仕方が悪いとたびたび八つ当たりした。アダは表向きはこの八つ当たりをうまく交わし、自分の日記にはこっそり不満をぶちまけていた。
彼の八つ当たりは止まらない。女が4人の男の代わりに、薪を切ったり、食べ物を得るために狩りに出たり、汚物の処理するのに彼のベッドのそばで待機したりすることが、どんなに大変なことかを考えようともしなかった
・病を患っていたメンバーがついに死亡
ナイトが死んだときのことも、アダはガルのタイプライターできちんと記録している。
ミスター・ナイトは6月23日に死んだ。彼が何時に死んだのか知らないが、とにかく死んだということだけ書いておく。ミスター・ステファンソンに何月に彼が死んだか知らせるためだけに。 ミセス・アダ・B・ジャック筆
ナイトが死んだあとも、アダは絶望に陥ることはなく、息子と再び会うために生き残る術を必死に模索した。
ナイトの遺体を埋葬する体力も気力もなかったため、アダは遺体を彼の寝室の寝袋の中にそのまま放置して、野生動物に食い荒らされないよう、箱でバリケードを築いた。
アダの伝記の著者ジェニファー・ニーヴンは
腐敗臭を避けるために、アダは貯蔵用テントに移った。