三池炭鉱で亡くなった囚人労働者とその埋葬地にまつわる「幽霊橋」 (1/5ページ)

心に残る家族葬

三池炭鉱で亡くなった囚人労働者とその埋葬地にまつわる「幽霊橋」

1997(平成9)年3月30日まで稼働し、2015(平成27)年7月4日に、ユネスコの世界遺産、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」のひとつに選ばれた、福岡県大牟田(おおむた)市、柳川(やながわ)市、そして熊本県荒尾(あらお)市にまたがる巨大炭鉱・三井三池(みいけ)炭鉱にまつわる、『幽霊橋』という話がある。

■児童文学作家・松谷みよ子による幽霊橋

「囚人たちは、ばたばた死んでいきよった〔死んでいった〕。病んで、まだ息のあるもん〔者〕を古井戸に投げ込んだともいう。その古井戸からは夜さり〔夜になった頃〕うめき声がするちゅうて〔と言って〕近寄る者もなかった。そんな訳やから〔だから〕墓のあるもん〔者〕は、よっぽどしあわせじゃった。けどその墓も、なんのたれ〔誰〕それと俗名もなければ、もちろん戒名もない。ただ番号が一とか五とか、ついとる〔ついている〕だけのもん〔物〕じゃった。そこらのやぶ陰、谷あいに捨てられるよう埋められたもん〔者〕は、数限りもなかったろう。

その囚人の幽霊だろうか、勝立町(かつだちまち)にある小さな泥橋(どろばし)に、雨のしとしと降る夜さり、やせこけた男がしょんぼりと立って、

『わしはどこへ行ったらええんじゃろ』

ちゅうて〔と言って〕、通る人に尋ねるという…(略)…その男に会うた〔会った〕者は、いつまでも夢でうなされるという」

■日本国内での囚人労働とは?

「囚人労働」といえば、帝政ロシア末期の20世紀初頭、シベリア鉄道敷設時に多くの囚人・流人たちが使役されたことで知られている。日本では主に明治前半期、西欧諸国を見習い、近代化へと進み始めていた時に、労働力不足の解消と、低賃金労働力利用のために、三池炭鉱の他、北海道の幌内(ほろない)炭鉱、群馬県の中小坂(なかおさか)鉱山などの官営諸鉱山や、北海道開発における、道路開削・鉄道敷設・築港などに、集中的に投入されていた。

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