【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第24話 (5/9ページ)
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(あっ)
それはまるで、幻のような美しい手であった。
死んだおっ母ちゃんのあかぎれだらけの黒ずんだ手しか知らなかった直吉には、一生触れる事のない天女の手、はたまた天に咲く白い花のように思われた。
直吉がじっとそれを凝視したまま動けずにいると、あろう事か、その手がゆっくりたおやかに動いて、おいでおいでをした。
直吉は慌てて振り返って背後を確認したが、誰も居ない。
このおいでおいではその瞬間、確かに直吉だけのものであった。
(俺ア、天に召されッちまったのだろうか)
少年は、ふわふわと浮遊するような不思議な気持ちになって、一歩一歩その手に吸い寄せられた。ついにその手の眼の前に辿り着き、直吉が恐る恐るそのほっそりした指に触れる。すると、
「うわっ!」
その手に思い切り腕を掴まれ、痩せた小枝のような少年の身体は、一気にその部屋に引き摺り込まれた。畳の上に転がされ、恐怖でギュッと目を瞑った時、
「捕まえたっ!」
女の子の興奮して上ずった声が、上から降ってきた。
直吉が恐る恐る目を開けて、一番初めに視界に飛び込んできた紫野の笑顔は、今でも鮮烈に頭に残っている。顔をくしゃくしゃにして笑うその顔が余りに眩しくて、初めて見るその薄墨の瞳が余りにきらめいていて、直吉は確かもう一度目を瞑った。
・・・・・・
「あの頃から、花魁は何にも変わっていねえよなあ」
十八の直吉が腕組みをして眩しそうに目を細めた。
「直坊は、変わったね。あの時吹けば飛びそうなくらい小っちゃくて、可愛かったのに」
「そりゃどうも。