【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第24話 (9/9ページ)
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「今年の一月に、死んじゃったんだ」。
「それあ、悲しいですね」
「うん。だからもう、この『傾城水滸伝』は豊国の挿絵じゃなくなるんだって。次からは豊国の弟子の、国安って人が挿絵なんだってさ」
「よくご存知で」
「・・・・・・」
紫野は答えなかった。
答えずに、俯いて頬を染めている。
直吉は知っている。
紫野に、浮世絵師の間夫(まぶ)ができた事を。
紫野はたまに「紫野花魁」から「みつ」という一人の女に戻って、その男に逢いに裏茶屋へゆく。豊国の話もそこで聞いたのだろう。
直吉は、間夫ではない。
ただの、女郎屋の奉公人だ。
どうしたって、紫野の隣に並ぶことは出来ない。例え女の絹のような肌の上をぽろぽろと真珠の粒がこぼれ落ちても、その濡れた頬に触れる事はおろか、床にこぼれたその涙を拾い集める事すらも許されない。
きっとそれは死ぬまで変わらない事実なのだろう。
だとしたら、直吉に出来る事はただ一つだった。
「次の二編が出たら、今度アすぐに外に買いに走りまさア。花魁のお望みなら、何だって聞きやす。直吉の直は、素直の直なんですから」・・・・・・
それを聞いた花魁が、少し湿った睫毛を上げて、何も言わずにただくしゃっと小さな顔いっぱいに笑った。
その笑顔があんまり眩しくて、直吉はいつかのように、思わず目を瞑った。
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曲亭馬琴作・歌川国安画「傾城水滸伝 第二編」
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