【小説】国芳になる日まで 〜吉原花魁と歌川国芳の恋〜第24話 (8/9ページ)

Japaaan

紫野が薄墨の瞳に滴りそうな憂いを湛え、婀娜っぽい表情でそう言うので、直吉は全く笑い事ではなくなった。

「新造!?でも史進はよ、現実には居ない訳で、いや、仮に唐国には居たとしても、この江戸にゃア絶対居ねえ訳で!」

「そんな事、分かってるよ」

紫野はくすっと少し悲しげに笑った。その表情を見た時、アア何で俺アこんなにムキになっているんだろう、と直吉は思った。

紫野が小説の中の男に憧れるのは、現実の世界では年相応の相手と恋する事も許されず、真っ当な相手に嫁ぐ事も叶わない自分の運命を分かりきっているからではないか。

(そうですか、と笑って聞いてやれば良いものを、俺は何故こんなにムキになって言い返しているんだ)

その時突然、直吉の目には鳥瞰図のように自分の姿が俯瞰して見えた。

(ああそうだ)、

きっと、俺ア初めてこの女に出会った時からずっと、この女にそんな風に想われたいと思っていた。・・・・・・

・・・・・・

「直坊」、

嫌だと言ったのに、またそんな風に紫野が直吉を呼んだ。

「この『傾城水滸伝』は、歌川豊国という人が挿絵を描いているんだよ」

新編水滸画伝が世に出た後、曲亭馬琴と葛飾北斎は大喧嘩し、絶交した。だから今回の挿絵は、歌川の大御所に白羽の矢が立ったのだ。

「ええ、もちろん知ってますよ」

直吉は絵師にはさほど造詣がなかったが、歌川豊国の名前くらいは廓内(なか)の子どもでも知っている。何故そんなことを改めて花魁が言うのか、分からなかった。

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