人は望んだ生き方が叶わず命を絶つ 人は望んだ生き方の為に命を賭ける (6/7ページ)
そうしたときに、自分がどう生きるか?そしてどう死ぬか?の問題は、思春期の若者とは異なる不安感、焦燥感を伴い、心に大きくのしかかってくる。
思春期には耐えること、克服することができただろうが、肉体的にも精神的にも辛いこと、苦しいことが、40代という年齢になると、到底耐えられなくなってしまう。「若い頃は全く平気だったのに」と、自責の念に満たされさえする。そうした中、自分を「保つ」ために選ぶ行為こそが、「自殺」だったのかもしれない。「死んではいけない!生きていれば、きっといいことがある。あの時の苦悩が笑い話になる」と誰かにアドバイスされ、たとえそれに「納得した」としても、一度死を決意してしまった人間にとっては、そうした「正論」によって、自殺を止めよう!生きよう!という、自分自身の原動力となることは難しい。自分の「生きる」または、「死ぬ」ための「場所」は、勇次郎にとっては、明治新政府への抵抗のために立ち上がり、船出した咸臨丸の艦上であり、自衛官として一生を全うするのではなく、研究者として生きることを決めた元院生にとっては、自分の生き方を変えるための「場」、そして「チャンス」を提供してくれた、壊されゆく九州大学箱崎キャンパスだったのかもしれない。
■最後に
彼らが「決めた」ことを、「傍観者」でしかない我々は、何も言うことはできない。「命は大切だ」「こうすればよかったのに」「そんなことで悩むなんて…世の中にはもっと苦しんでいる人が…」などと、彼らに対する強い憐憫の情が兆すゆえに、どうしても思わずにはいられない。しかし彼らにとっては、そのような言葉や思いは、逆に彼らをひどく傷つけるものでしかない。彼らの死を受け止める側の人間ができることはただ、彼らの魂の安寧を祈ることだけなのだ。