謎多き「地下鉄サリン事件」のタブー (1/4ページ)

週刊実話

 それはもう、教科書に載っているほかの事件と同じように、歴史の中の出来事になってしまったのだろうか──。
1995年3月20日。春の訪れを感じるうららかな朝の東京は、稀に見るパニックに陥った。営団地下鉄(現・東京メトロ)の複数の路線でサリンがばらまかれて多数の重傷者と13名の死者が出た、オウム真理教による同時多発テロ、地下鉄サリン事件である。

 通勤ラッシュのピークに合わせて、密閉空間の地下鉄車内に猛毒のサリンがまかれるという、まさしく前代未聞のテロ事件。被害者はもとより、直接被害を受けていない人でもしばらくの間地下鉄に乗るのが怖くなったというケースも多く、一時的ではあるものの、東京では営団地下鉄の利用者が落ち込んだという。それだけ、地下鉄サリン事件は社会的に大きな影響をもたらしたのである。

 結局、事件後にオウム真理教には警察による強制捜査が入り、教祖の麻原彰晃をはじめ幹部や実行犯は軒並み逮捕。オウム真理教は壊滅し、長く続けられていた裁判も麻原や幹部らの死刑判決によって幕を閉じた。

 とは言っても、肝心の麻原はほとんど何も語ることはなく、他の幹部らとともに今夏に死刑執行された。幹部の中には当時の犯行の様子を詳細に語った者もいるが、首謀者の麻原が語らずしてこの世を去ったことで、地下鉄サリン事件の“真相”は完全に闇に葬られることになったのである。

 では、この地下鉄サリン事件とは何だったのか。すでに述べたように、「オウム真理教による無差別テロ」というのが一般的な見方だ。ところが、30年来の鉄道ファンというA氏は、この見方を一笑に付す。

「被害を受けたのは千代田線、丸ノ内線、日比谷線の3路線。その状況をつぶさに見ていけば、明らかにおかしな点ばかりであることに気が付きます。鉄道に詳しい人ならば、誰でもわかるはず。今まで大きく取り上げてこられなかったのが不思議なくらいです」

●サリンを垂れ流しながらも走り続けた地下鉄の謎

 一体、何がおかしいのか。A氏は、被害を受けた車両のほとんどが、“国会議事堂前駅や霞ヶ関駅で運転を打ち切っていること”に強く疑問を抱くという。

 「例えば代々木上原行の千代田線。

「謎多き「地下鉄サリン事件」のタブー」のページです。デイリーニュースオンラインは、社会などの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る