城が欲しくば力で奪え!戦国時代、徳川家康と死闘を繰り広げた女城主・お田鶴の方【下】 (2/6ページ)
連龍は善戦してこれを防ぎきりましたが、和睦の条件(忠誠の証)として辰之助を人質に出させられてしまったのでした……。
夫と息子を喪ったお田鶴の方、16歳で女城主に「……何ですって!?」
連龍と辰之助が謀殺された……急報に接したお田鶴の方は、目の前が真っ暗になりました。
聞くところによれば、二人は駿府城(すんぷ。現:静岡県静岡市)で開かれた氏真の祝宴に招かれ、すっかり打ち解けて気持ち良く酔ってしまったところを斬られたのだとか。
時は永禄八1565年12月20日。先の籠城戦から3年の月日が流れており、一度は信長への内通を図った連龍も、その後は(表向きだけとは言え)忠勤に励んでいたというのに。
「おのれ今川……!」
しかし、愛する夫と息子を奪われた悲しみに浸っている暇はありません。お田鶴の方はその場で飯尾の家督継承を宣言。
「曳馬の御城は、妾(わらわ)が預かります!」
かくして16歳で女城主となったお田鶴の方は、小国(おぐに。