源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【一】 (2/8ページ)
月岡芳年「美談武者八景 鶴岡の暮雪」明治元年1868年
しかし、若い頃から頼朝公の側近くに仕え、その死を境に頭角を現していった義時は、もしかしたら頼朝公の遺業を継承し、その望みを叶えたかったのではないでしょうか。
ずっと見守って来た頼朝公の立ち居振る舞いから、その思想や哲学を学んで体現し、より先鋭化した形での「武士の世」を推進した結果、数々の犠牲を生み出し、朝廷との衝突に至ったとも考えられます。
これまで存在しなかった「武士が武士を統治する世」を創造する義時のビジョンを理解できた者はほとんどいなかったでしょうから、軋轢や確執の中で生きた孤独な闘いは、さぞや激しいものだったことでしょう。
そこで今回は、そんな北条義時の生涯を追いかけてみたいと思います。