源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【一】 (6/8ページ)
※その大姫のエピソードはこちら
平安時代の悲劇のヒロイン、源頼朝の長女「大姫」その悲恋と貞操の生涯(上) 平安時代の悲劇のヒロイン、源頼朝の長女「大姫」その悲恋と貞操の生涯(下) 発せられた源氏討伐令「……やっぱり、結婚なんて認めるんじゃなかった!」
時政が後悔したのは治承四1180年。以仁王(もちひとおう。後白河法皇の第三皇子)の令旨(りょうじ。命令書)を、源新宮十郎行家(しんぐう じゅうろうゆきいえ。頼朝の叔父)が持ってきた時のことです。
「殿下は権勢におごり高ぶる平清盛(たいらの きよもり)はじめ平家一門を討ち滅ぼすべしと仰せにございますれば……佐殿、すぐにも兵をお挙げ下され!」
その場でこそ愛想よく対応した頼朝ですが、何の準備も(恐らく覚悟も)なかったため、様子見を決め込んで(≒何もせずに)いたところ、ほどなくして以仁王らは鎮圧されてしまいました。

