源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【一】 (5/8ページ)
現:伊豆の国市)の流罪人・前兵衛佐(さきのひょうゑのすけ)源頼朝と駆け落ちしました。
「やっぱり姉上、流石だなぁ」
「左様……父上。こうなってはあの二人を認めてやっては?」
「お前たち、何を呑気なことを!佐殿(すけどの。前兵衛佐≒源頼朝)は重罪人ぞ、下手に縁組などして、朝廷から目をつけられては……」
そうは言っても、一度こうと決めたら梃子でも動かぬ政子のこと、結局は根負けして、頼朝との結婚を認めてしまうのでした。
「まぁ……今は罪人でも、元をただせば源氏の嫡流……そのブランドで我が家にも箔がつく、とでも思うことにしよう……」
渋々だった時政ですが、治承二1178年に初孫(政子と頼朝の長女・大姫)も生まれると、それはもう目に入れても痛くない可愛がりよう。このまま平和で幸せな日々が続けばいいな……みんなそう思っていたのですが……。