歴史を変えた“戦国めし”を再現「信長は“湯漬け”をかっこんで桶狭間へ」 (1/3ページ)

Asagei Biz

織田信長
織田信長

 少し前に、自衛隊や米軍、韓国軍など世界の軍隊食を「ミリめし」(ミリタリー=軍隊めし)と称して、食するブームがあった。戦場での携帯性と保存性の高い非常食が、コロナ禍の現在、再び注目されている。歴史家の河合敦氏、戦国芸人・桐畑トール氏とともに元祖ミリめしとも言える戦国時代の食について探ってみよう。

「戦国時代の戦場(いくさば)での携帯・保存食の代表は、『兵糧丸(ひょうろうがん)』。瞬時に栄養を補給して、一日から数日を動けるようなスグレモノで、他に『芋茎縄(いもがらなわ)』『味噌玉(みそだま)』『干飯(ほしいい)』など、戦時のサバイバル携帯食がくふうされていました」

 歴史家の河合敦氏によれば、武将ごとに独自のくふうがあったようで、

「戦国時代の武士の食を研究されている永山久夫先生によれば、この兵糧丸の作り方は大名家によって、その材料や製法も違っていた。徳川家康は黒ごま、黒大豆、片栗粉に砂糖を加えて作り、上杉謙信は麻の実、黒大豆とそばを粉にして酒に浸して丸薬にしたと、『上杉家兵法書』にあります。謙信の好敵手だった武田家では、『甲州流秘書』に、寒晒(かんざらし)の米粉、そば粉、梅干の果肉、カツオ節、鰻の白干しなどをやはり酒で練り固めたとあります。秀吉の天才軍師の一人、竹中半兵衛は、松の甘皮と朝鮮人参と米を主な原料としていたとか、さまざまな作り方があったようです」

 松の甘皮は、城に立てこもっての籠城戦の非常食となるので城内に植えられ、一説には江戸城(皇居)の松などもそういう目的で植えられたともいわれる。

 戦国時代に詳しい芸人の桐畑トール氏はその味について、

「テレビで再現しているのを見たことがありますが、ボソボソしておいしそうには見えなかったです。35年くらい前に初めて食べたカロリーメイトを思い出しました。今はおいしくなりましたが、当時は栄養はあってもおいしくはなかった」

「芋茎縄」は、里芋の茎を味噌で煮て乾燥させ縄状にしたもの。腰などに巻いて携帯し、時には縄として使い、腹が減った時にはそのままかじったり、陣笠を逆さまにして水を入れて温めるとインスタント味噌汁ができたという。

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