源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【五】 (5/8ページ)
再起を図って甲斐国へ…頼朝と再会し、富士川の決戦へ
「やれやれ……小四郎、大丈夫か?」
捜索の手を逃れ、身をひそめる頼朝たち。稲野年恒「石橋山合戦之図」より。
ボロボロになりながらも生き残った者たちが頼朝の元へ集合。義時は、乱戦の中ではぐれてしまった時政や宗時と再会しました。
「あぁ、無事だ……兄上、父上も健在で何よりです」
「おぅ。こんなところでくたばっては、政子に笑われてしまうわい……しかし、再起を図るためには味方を集めねばならんな……」
そこで時政は義時と共に甲斐国(現:山梨県)へ赴いて武田太郎信義(たけだ たろうのぶよし)に援軍を要請、宗時は単独で伊豆国へ戻り、まだ決起していない土豪たちの説得に当たります。
「それでは兄上、お気をつけて」
「小四郎、父上を頼んだぞ」
こうして頼朝の元を離れた義時たちですが、これが宗時と今生の別れになってしまうのでした(宗時は伊豆国平井郷、現:静岡県函南町で伊東祐親らによって討たれ、現地に墓が残されています)。
敵の包囲網をどうにか突破した時政と義時は甲斐国へと急いで信義と面会。