源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【五】 (1/8ページ)
前回のあらすじ
時は平安末期の治承四1180年、源氏討伐の動きを知った源頼朝(みなもとの よりとも)は、生き残りをかけて挙兵。手始めに伊豆国(現:静岡県伊豆半島)の目代・山木判官兼隆(やまき ほうがんかねたか)を襲撃します。
北条義時(ほうじょう よしとき)は父・北条時政(ときまさ)や兄・北条宗時(むねとき)と共に奮闘、みごとに勝利を収めたものの、敵将の首級は上げられませんでした。
しかし、戦いはまだ始まったばかり。義時たちは生き残ることが出来るのでしょうか……。
前回の記事
源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【四】 恃みの三浦一族は合流できず…石橋山の合戦でボロ負けさて、目代の山木判官を討ち果たしたことによって伊豆・相模の国衆が徐々に頼朝の元へ参集、その軍勢は300ほどに増えてきました。