源頼朝の遺志を受け継ぎ武士の世を実現「鎌倉殿の13人」北条義時の生涯を追う【七】 (8/8ページ)

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怒って伊豆国へ帰ってしまう時政たち。鎌倉の運命やいかに(イメージ)。

「何だと!」

時政が離反したとの報せを受けた頼朝は、大いに慌てふためきます。ようやく鎌倉の地盤を固めつつあると言っても、それは御家人たちの支持があってこそ。その筆頭である北条一族が離反したと知ったら、他の勢力もどうなってしまうか分かりません。

「小四郎(義時)は?小四郎はおるか!」

ほぼ半狂乱で頼朝は叫びます。手許においていた義時までいなくなっていたら、北条一族の謀叛は決定的……鎌倉はもう終わりです。

が、義時は鎌倉に残っていました。だからあんなにも頼朝は喜んだのですが、どうも義時は牧の方から疎まれていたようで、それで北条一族からハブにされていた可能性もあります。

やがて時政も頼朝と和解、鎌倉に帰ってきてひとまずは一件落着。何が喜ばれ、何が勘気に触れるのか……奉公とは実に難しいものだと思ったことでしょう。

【続く】

※参考文献:
細川重男『頼朝の武士団 将軍・御家人たちと本拠地・鎌倉』洋泉社、2012年8月
細川重男『執権 北条氏と鎌倉幕府』講談社学術文庫、2019年10月
坂井孝一『承久の乱 真の「武者の世」を告げる大乱』中公新書、2018年12月
阿部猛『教養の日本史 鎌倉武士の世界』東京堂出版、1994年1月
石井進『鎌倉武士の実像 合戦と暮しのおきて』平凡社、2002年11月

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