なんと生涯で敗訴73回!それでもめげない戦国武将・曲淵吉景のまっすぐで不器用な人生 (1/6ページ)
古来「清濁併せ吞む」とはよく言ったもので、世の中キレイゴトや正論ばかりでは上手く渡っていけないものです。
しかし、世の中そんなに器用な人間ばかりではなく、むしろ不器用で損ばかりしている人の方が多いのではないでしょうか。
今回紹介する戦国武将・曲淵勝左衛門吉景(まがりぶち しょうざゑもんよしかげ)もそんな一人で、その苗字とは違い?まっすぐ過ぎてトラブルばかり起こしていたようです。
皆さんはここまで極端ではないと思いますが、「戦国時代にも、こんなヤツがいたんだな」と思いを寄せてみるのも一興でしょう。
槍一本で武功を上げて、草履取りから出世するも……曲淵吉景は永正十五1518年、甲斐国中巨摩郡曲淵(現:山梨県昭和町)の生まれで幼名は鳥若(とりわか)。若い頃から板垣信方(いたがき のぶかた)に草履取りとして仕え、元服して勝左衛門(※)と名乗りました。
(※)ほか庄左衛門、荘左衛門などと書かれていることから、読みが「しょうざゑもん」と判ります。