15代将軍・徳川慶喜、敵前逃亡の後日談。大坂脱出に関わった人々のその後とは?【その3】 (1/7ページ)
鳥羽伏見の戦いは維新政府軍の勝利で終わり、旧幕府軍は大坂城における徹底抗戦で起死回生を図る。
しかし、慶喜は僅かな人々を伴い、1月6日の夜、突然大坂城を脱出。海路、江戸に逃げ帰り、その後は恭順謹慎に徹した。
前代未聞の敵前逃亡!15代将軍・徳川慶喜が大坂城から逃げた真相に迫る【その1】今回はその後日談として、慶喜とともに大坂城を脱出した人々と慶喜東帰に関わった人々がその後の人生をどのように送ったか、その人現模様を紹介する。
【その3】では、恭順謹慎を良しとせず、維新政府軍と抗戦した人々、さらに大坂城に残留した人々のその後の生涯を追ってみた。
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15代将軍・徳川慶喜、敵前逃亡の後日談。