自己のあり方に悩む若者から絶大な人気を得た思想家・綱島梁川 (4/5ページ)
そうしたことから梁川を訪ねたり、手紙で教えを請う若者は後を絶たなかった。その中には若き日の石川啄木(1886〜1912)がいた。啄木は梁川を兄とも友とも呼ぶほど心酔していたと語っている。「煩悶なきは人の不幸也」と説く「神を見た男」は、悩める魂の受け手として若者たちに寄り添っていたのである。
■宗教体験と理性の調和
末木文美士が指摘するように梁川の宗教体験についての記述は、宗教体験を公に表明し言説化したことに意味がある。梁川によって宗教を単なる聖典の反復から、自己自身の体験として理性的に語る地平が開かれたのだった。
恐怖、煩悶、悲嘆…スピリチュアル・ペインに陥ったとき、無神論、唯物論を持って克服するのは余程の精神力がなれけば難しい。かといって盲目的な信仰は周囲にも実害を及ぼす。人知を超えた存在とその存在にのまれない個我の確立。梁川の信仰、体験、理性の調和した著作は現代でこそ読まれるべきであろう。