大河ドラマ『青天を衝け』で町田啓太が好演!幕末随一のイケメン「土方歳三」はどのように箱館で戦った? (3/11ページ)
旧幕府陸軍の統率者
歳三自身は、鳥羽伏見の敗戦後から特に新式銃へ傾倒していきました。
用兵の才能や経験は勿論ですが、戦略眼は大いに買われています。
奥羽越列藩同盟の会議では、榎本武揚は歳三を全軍の総督に推薦。しかし歳三が「軍律に背けば、大藩の重役も斬る」と発言したことで話が流れています。
陸軍奉行並への就任は、いわば榎本の期待の大きさが実現したものでした。
翌明治2(1869)年正月には、歳三は更なる権限を与えられています。
組織編成により、歳三は大鳥圭介と共に箱館政府軍のレジマン(連隊)を束ねる立場に就任しました。
歳三の指揮下には、新選組だけでなく、フランス人司令官のカズヌーヴや、伊庭八郎も加えられたのです。
箱館政府軍の軍権の大部分は、歳三に預けられていました。