大河ドラマ『青天を衝け』で町田啓太が好演!幕末随一のイケメン「土方歳三」はどのように箱館で戦った? (4/11ページ)
新式銃の部隊の指揮官となって、二股口での戦いを勝利に導く
箱館を制圧したものの、歳三たちの前途には困難が待ち構えていました。
明治元(1868)年11月に主力軍艦・開陽丸が沈没。翌明治2(1869)年3月には、宮古湾海戦で敗北するなど、戦況は劣勢に傾いていきました。
4月、薩長ら明治政府の軍が蝦夷地に上陸を開始。箱館を目指して進撃を開始するようになります。
歳三は、百三十人の兵を率いて二股口に布陣します。
対して明治新政府の兵は四百人。しかも装備する銃はで土方隊がエンフィールド銃で先込式、新政府側はより最新である元込式のスナイドル銃でした。
普通に戦えば、敏三の部隊は壊滅してしまいます。
そこで歳三は、事前に台場山に守備するための塹壕陣地を構築しました。
4月13日、新政府軍が街道沿いに姿を表します。歳三隊は塹壕から射撃を開始。新政府軍を退けています。
23日には新政府軍は八百まで兵を増派。しかし歳三らはあくまでも抵抗し続けました。陣地から十字砲火を浴びせ、斬り込みを敢行。遂には新政府軍を撤退に追い込むことに成功します。
程なくして、別地点の矢不来が陥落。背後を突かれる恐れが出たため、歳三隊は撤退する道を選びました。