まるで白亜のピラミッドのように復元!斉明天皇の真陵・牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)ってどんな古墳?【後編】 (10/11ページ)

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上部には中央を仕切られた一辺約1.6m、深さ約1.2mの穴が空けられており、牽牛子塚古墳の横口式石槨として造られたものの、建造途中で亀裂ができたため放棄されたという説があります。

小谷古墳の玄室。兵庫県の播磨地方で採れる竜山石製の家形石棺が残されている。(写真:Wikipedia)

小谷古墳…岩屋山古墳と並び、斉明天皇陵の候補とされる古墳。墳形は30m前後で方墳、あるいは円墳であったと推測されます。内部には、約8m巨石を用いた両袖式横穴式石室があり、その規模は全長約11.6m、玄室長約5m、玄室幅約2.8m、玄室高約2.7mをはかります。岩屋山古墳と同じ形の石室で、7世紀中頃に編年され、斉明天皇の崩御の時期と一致します。

中尾山古墳…対辺長約30mの三段築成の八角形墳。凝灰岩と花崗岩の切石で造られた横口式石槨には、火葬にふされた被葬者の遺骨を入れた骨蔵器が納められていたと推測されます。被葬者は天武・持統天皇の孫で第42代文武天皇と考えられています。

野口王墓古墳(天武・持統天皇合葬陵)…大化の改新を成し遂げた、第40代天武天皇・第41代持統天皇の御陵。対角辺の長さ約40m、全体の高さは約7.7mを測る五段築成の八角形墳。

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