まるで白亜のピラミッドのように復元!斉明天皇の真陵・牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)ってどんな古墳?【後編】 (9/11ページ)
実は2010年に牽牛子塚が八角形墳と判明し、越塚御門が発見された時、発掘に当たった明日香村教育委員会は宮内庁に遠慮をしたのでしょうか、両古墳の被葬者をぼかした報道をしていました。
しかし、牽牛子塚古墳が斉明天皇の真陵であるとする説が大勢を占めるようになると、「被葬者については古墳の立地や歯牙等から斉明天皇と間人皇女の合葬墓と考える説が有力」という言い方に変化してきています。
おそらく今後も変わることはないのでしょうか、牽牛子塚古墳のみならず、学術的に明らかになったことに対して、宮内庁の良識的な見解に期待したいと思います。
時間に余裕があれば訪ねてみたい古墳と史跡牽牛子塚古墳・越塚御門古墳の見学後、時間に余裕があれば近隣の終末期古墳、特に以下の古墳および史跡を訪ねてみることをおすすめします。
謎の巨石として有名な益田岩船。かつて松本清張がゾロアスター教に関係があるとしたほか、様々な説が唱えられてきた。(写真:Wikipedia)
●益田岩船…山の中にポツンと置かれた東西約11m、南北約8m、高さ約4.7mの花崗岩の巨石。江戸時代より様々な説が唱えられてきたが、現在では墳墓説が有力。