まるで白亜のピラミッドのように復元!斉明天皇の真陵・牽牛子塚古墳(けんごしづかこふん)ってどんな古墳?【後編】 (8/11ページ)
牽牛子塚古墳が築造された立地が理解できるので、ぜひ登ってみましょう。
まとめにかえて ~現地を訪れてみて思ったこと~
宮内庁の良識的見解に期待したい
車木ケンノウ古墳。宮内庁が斉明天皇陵として治定しているものの、古墳であるかどうかも疑わしいとされる。(写真:T.TAKANO)
現地を訪れ、復元された牽牛子塚古墳と越塚御門古墳を眺めていると、この地が斉明女帝・間人皇女・大田皇女という三代にわたる貴婦人が永遠の眠りにつく地であることが実感されます。
ただそうしたなかで、とても疑問に思うことがあります。それは、考古学・文献史学から被葬者が100%に近い確率で特定されたのにもかかわらず、宮内庁がかたくなに斉明天皇陵=牽牛子塚古墳を否定することです。
その理由を宮内庁は「陵誌銘等の資料が発見されていない」「墳丘や石室の形状では判断できない」などと述べ、現斉明天皇陵(車木ケンノウ古墳)が正しいという見解を変えず、その治定は見直さないとしています。どんなに学術的な裏付けがあっても天皇陵の治定変えはしない。これでは、いつまでたっても古代史の真実は明らかにならないでしょう。