日常的に着物を着ていた日本人が何故洋服を着るようになったのか、明治時代の「引札見本帖」に探る【完結編】 (5/9ページ)
そして富裕層と低所得層の間に、大学の卒業者の半分は会社に就職するようになり“サラリーマン”が誕生します。そして中産階級という収入の安定した人たちが企業の発展に伴い急速に増えていったのです。
またレコードや活動写真の出現、電報・電話技術の発達、そして新聞・書籍・雑誌の普及など、1925年(大正14年)には、東京、大阪、名古屋の主要三大都市でラジオ放送が始まりこれらの新しいメディアによって文化・情報の伝達も飛躍的に拡大しました。
女性の服装ファッション面で特筆すべきなのは“モダン・ガール”通称“モボ”という女性たちの登場です。
(イメージ)「踊り 上海ニューカルトン所見」1924年 画:山村耕花 ウィキペディアより
都会にはミルクホール・ダンスホール・カフェーなどの娯楽的施設が栄え、“モダンガール”やモダンボーイと呼ばれる人たちが出入りするようになりました。
モダンガールの多くは洋服を着てスカート丈はひざ下からロング、釣鐘型などの帽子を被り、ヘアスタイルは断髪で、お化粧をしていました。
これは女性が職業をもって社会で働くようになった結果、女性が自由に使えるお金を持てるようになったことも影響しているでしょう。
こうした女性たちも今までのようにモダンボーイ以外の男性からは、はしたない・乱れているという目で見られていたのです。