【鎌倉殿の13人】北条の敵か味方か…市原隼人が演じる北関東の梟雄・八田知家の生涯を予習 (3/7ページ)

Japaaan

義朝の指揮下で奮戦する知家たち(イメージ)

しかし平治元年(1159年)8月に父・宗綱が没し、兄・朝綱が家督を継いで間もない12月に平治の乱が勃発。

この時も義朝から味方するよう求められたでしょう。しかし世代交代から間もない時期でもあり、源平いずれにもつかず静観したものと考えられます。

果たして義朝は永暦元年(1160年)に敗死、源氏一党は20年にわたる永い雌伏を強いられるのでした。

叱られることもあるけれど、元気に活躍する知家

そして治承4年(1180年)、知家は頼朝の挙兵にいち早く呼応。下野国茂木郡の地頭職を安堵されます。

一方、兄の朝綱は京都にいたため平清盛(演:松平健)に抑留され、元暦元年(1184年)に解放されるまで無聊をかこつことに。

知家は寿永2年(1183年)2月、頼朝に叛旗を翻す志田義広(しだ よしひろ。頼朝の叔父)を討つべく、義理の従兄である小山朝政(演:中村敦。小山政光の子)に従軍。野木宮合戦(現:栃木県野木町)でこれを撃破しました。

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