【鎌倉殿の13人】北条の敵か味方か…市原隼人が演じる北関東の梟雄・八田知家の生涯を予習 (6/7ページ)

曽我兄弟の仇討ち。一時は頼朝の安否も危ぶまれた。秀湖「曽我兄弟復讐之図」
そして次は知家が義幹に直接「富士野で狼藉(曽我兄弟の仇討ち)が発生し、頼朝の身が危ないから、一緒に来てくれないか」と要請しました。
かねて知家の襲撃を警戒していた義幹は、罠と判断して要請を拒否。これが悪手でした。
「多気は謀叛を企んでいるぞ!兵を集めて城に立て籠もり、鎌倉殿のピンチに駆けつけないことが何よりの証拠だ!」
「そんなバカな!」
知家は鎌倉に義幹の謀叛を訴え出ます。裁判の結果、状況証拠などから義幹の有罪が確定。あわれ改易(所領没収)処分となってしまいます。
義幹さえ追い出してしまえば後はこっちのもの……知家は常陸国に所領を得て本拠地を移転。常陸国守護に任じられたのでした。
エピローグその後、建久10年(1199年)に頼朝が没すると「鎌倉殿の13人(十三人の合議制)」の一人として2代目将軍の源頼家(演:金子大地)を補佐します。
頼家の信任も篤く、後に北条氏との対立がエスカレートした建仁3年(1203年)。北条派の機先を制するべく頼家の叔父・阿野全成(演:新納慎也)を討ち取りました。