それ、火を消すより大事なの?平安京の火災と貴族たちの反応にびっくり (4/6ページ)

Japaaan

拘禁される僕従(イメージ)

誰がどう見てもお手柄の筈なのに、どうしてでしょうか。

「下人の分際で殿上に昇るなど、けしからん!」

当時、内裏の殿上(屋内&縁側)へ昇るには、五位以上の位階(身分)が必要でした。

そう言う経成は六位ですが、上級貴族に仕える蔵人の職務上、特例として殿上へ昇ることが許されています。

身の程をわきまえず、殿上の火事を消すとは不届き千万……いやいや、さすがに緊急事態なんだから許してあげなさいよ。

という事で、関白の藤原頼通(ふじわらの よりみち)はこの僕従を赦免しています。よかったですね。

これは初期消火が成功した例ですが、次はどうでしょうか。

池の水をかけてはならぬ

時は長暦元年(1040年)9月、土御門内裏(里内裏。仮御所)で火災が発生。警備していた左右近衛陣の吉上(きちじょう。六衛府=朝廷の警備担当6部署から派遣されている下級役人)たちが必死に池の水を汲んではぶっかけ消火に当たります。

「ダメだ、火の勢いが強すぎる!」

「もっと水を汲んで来い!」

なおも諦めず消火活動を続ける吉上たちに、上層部から「待った」の声がかかりました。

「神聖な御所に不浄な池の水をかけるのはいかがなものか。この行為の吉凶を卜(ぼく。占いによる判断)していない。

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