それ、火を消すより大事なの?平安京の火災と貴族たちの反応にびっくり (3/6ページ)

Japaaan

麝香を失敬する小舎人秋成(イメージ)

また2月19日、御所の近くに書杖(ふづえ。直接手渡すことがはばかられる相手に対し、先を裂いて書状を挟んだ杖)を持つ者が現れました。

当局の者がこれを開封したところ、火事場泥棒を密告するものでした。

茨田左近将監重方(まんだ さこんのしょうげん しげかた)の従者である近衛一成(このえの かずなり。姓不詳)が、御所から五尺の屏風一帖と手筥(手箱)を盗み出した……捜査したところ、果たして左近衛府で屏風と手筥が発見されます。

いつの時代にも火事場泥棒はいるもので、混乱している有事ほど、気をつけねばなりませんね。

火を消すよりも、身分が大事?

せっかく平安京の話をしているので、平安貴族らしい事件と言えば、こんなこともありました。

万寿4年(1027年)9月、清涼殿の南西にある鬼間(おにのま。裏鬼門?)から出火した時のこと。

「誰か、誰か!」

火災を発見した女官は、見回りをしていた源蔵人経成(みなもとの くろうどつねなり)の僕従に声をかけて火を撲滅させました。

この撲滅(ぼくめつ)とは文字通り「うちほろぼす」ことで、水にぬらした布などで火を叩き消したのです。

「いやぁ、お陰様で助かりました」

小火(ぼや)ですんで何より何より……と思っていたところ、経成はこの僕従を逮捕。右近衛陣に拘禁します。

「それ、火を消すより大事なの?平安京の火災と貴族たちの反応にびっくり」のページです。デイリーニュースオンラインは、平安貴族平安時代火事カルチャーなどの最新ニュースを毎日配信しています。
ページの先頭へ戻る