【秘話 鎌倉殿の13人】源頼朝最後の男系男子・貞暁(じょうぎょう)の波乱に満ちた人生と北条政子との因縁:その3 (3/9ページ)
元来病弱であった実朝ですが、この年は頻繁に重い病に見舞われ、時に命に係わることもあったようです。
実朝の健康悪化は、次の将軍をめぐる争いを引き起こしました。貞暁も自身が知らないうちにその渦に巻き込まれていたのです。
貞暁の母大進局の実家である伊達氏二代目の伊達為重は実朝が死去した場合に、貞暁を将軍職に付けようと密かに画策したと伝わります。しかし計画は幕府に露呈し、討手を逃れるために伊達一族は散り散りになったのです。
こうした状況を憂慮した政子は、熊野詣を口実に上洛しました。この上洛には、実朝にもしものことがあった時、貞暁という今後の憂いを断つという目的があったと考えて間違いないでしょう。
政子:頼朝公を征夷大将軍にまで引き上げたのは、北条家とこの私である。将軍は北条の血を引く者。そして、北条こそ幕政の中心に座ることができる唯一の御家人なのじゃ。
この当時の政子は、こうした信念を頑なに持ち続けていたと思われます。頼家の遺子公暁を実朝の養子にし、公卿の弟たち(栄実・禅暁)は出家させました。彼らを実朝が亡くなった時に還俗させ、将軍職にと考えていたと考えられるのです。