野心むき出し!女帝陛下の崩御に乗じて朝廷に謀叛した蝦夷の族長・宇漢迷公宇屈波宇 (4/5ページ)

Japaaan

ともあれ、一族たちの記録を見てみましょう。

朝廷に帰服した宇漢米一族(イメージ)

延暦11年(792年)11月3日、朝廷に帰服した夷俘の宇漢米公隠賀(おか)が上洛してもてなされ、蝦夷の第一等爵位を受けました。

※夷俘(いふ):朝廷に帰服した蝦夷のうち、垢抜け具合の浅い者。
※蝦夷の爵位は和人(特に中央貴族)のそれと別にされていました。

弘仁3年(812年)1月26日、夷外従五位上の宇漢米色男(しこのお)らに対して、新年祝いに参加するための入京許可が出されています。

※夷外(いげ):中央貴族の内位に対して地方豪族や庶民らが授かる外位(げい)のうち、蝦夷が授かる位階。
※蝦夷は入京に際して許可が必要だったんですね。治安維持の上で大切だったのかも知れませんが……。

承和2年(835年)6月27日、俘囚第二等の宇漢米何毛伊(かもい)が外従五位下に叙されました。

※俘囚(ふしゅう):先ほどの夷俘に対して、より垢抜け具合が進んだ者。
※外従五位下を授かった理由は「謀叛に加担しなかった」忠義とのこと。何かあったようです。

承和5年(838年)11月13日、戦功によって外従六位下の宇漢米毛志(もし)が五位下を授かりました。

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