野心むき出し!女帝陛下の崩御に乗じて朝廷に謀叛した蝦夷の族長・宇漢迷公宇屈波宇 (5/5ページ)
※外との表記がありませんが、外従六位下からいきなり内位の(従)五位下を授かるとは考えにくいため、恐らくは外位の(従or正)五位下でしょう。
※それでも4階級特進(外従六位下⇒外従六位上⇒外正六位下⇒外正六位上⇒外従五位下)ですから、よほどの大手柄を立てたものと考えられます。
承和14年(847年)4月9日、近江国蒲生郡(滋賀県近江八幡市など)に移住していた外従八位下の宇漢米阿多奈麿(あたなまろ)らが、祖先の功績により外従五位下を授けられました。
※この「祖先の功績(お蔭)で昇進する」ことを蔭位(おんい)と言います。
かくして徐々に和人化が進んでいった宇漢米一族。古くから蝦夷と和人は交流を深め、やがて同じ日本人として朝廷(皇室)を奉戴する同胞として力を合わせていくのでした。
※参考文献:
坂本太郎ら監修『日本古代氏族人名辞典』吉川弘文館、2010年11月 高橋崇『人物叢書 坂上田村麻呂 新装版』吉川弘文館、1986年6月 樋口知志『阿弖流為 夷俘と号すること莫かるべし』ミネルヴァ書房、2013年10月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan