上杉謙信の「敵に塩を送る」は商戦でも美談でもなかった?そこには今川氏真の策略が! (1/4ページ)
牛つなぎ石と「敵に塩を送る」の伝説
「敵に塩を送る」という故事は上杉謙信(うえすぎけんしん)の美談として有名です。
松本市の繁華街、中央2丁目の交差点にこの故事の伝承地とされる「牛つなぎ石」が今でも残っています。
「塩を送る」ことと「牛つなぎ石」が、どのように関係しているのでしょうか。
当時、糸魚川から送られた塩は千国街道を通って松本へ運ばれました。
永禄11年(1568年)1月12日、この「牛つなぎ石」のある場所に塩を積んだ牛車が着き、運んできた牛を休ませるために繋いだのがこの石であるとされているのです。
しかし実際は、この石は「道祖神」であり、江戸時代初期に松本の城下町ができた時に別の場所から移されてきたものだそうです。戦国時代にはまだなかったんですね。
この地は、江戸時代以降、毎年1月11日に塩の売り買いが行われる「塩市」が立つ場所でした。
この「塩市」の起こりが「上杉謙信が敵に塩を送った」ことであるという言い伝えから、この石が「牛つなぎ石」として言い伝えられるようになったそうです。