これは蒲殿ロス不可避…源範頼が失脚に追い込まれた失言とは?【鎌倉殿の13人】 (6/7ページ)

Japaaan

病床の大姫。菊池容斎『前賢故実』より

とにもかくにも命ばかりは助かった範頼。しかし下向(地方への赴任)とは言っても、その実態は流罪と同じです。

……帰参その期あるべからず。ひとへに配流のごとし。

※『吾妻鏡』建久4年(1193年)8月17日

【意訳】二度と鎌倉へ帰ってきてはならないよう命じられ、流罪も同然である。

かくして伊豆へと下向した範頼は、そのまま歴史の表舞台より姿を消したのでした。

終わりに

かくして鎌倉を去った範頼。『吾妻鏡』では以後の記録がない一方で、『保暦間記』や『北條九代記』などでは粛清されたと伝えられます。

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」では、どのような最期を迎えるのでしょうか。

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