品川区の善福寺に残る鏝絵で有名な伊豆の長八の非・老害エピソード (4/8ページ)
そこで思わず、
「おれの仕事が、おめえなんぞの鼻ったらしにわかってたまるか。それともなにかい?なってねえと思うところでもあるのかい?」と、言い返した。すると吉は、
「あるとも、あるとも、大ありだい!」とひるまない。
長八は怒りをこらえて、「そうかい。いいから気にいらねえところを言ってみな」と下出(したで)に出てみた。
すると吉は、「このタイは、しろうとが見たら、よくできたとほめるかもしれねえが、おいらのように、年中まな板の上で生きた魚をひねくってる者がみちゃ、まるっきりだめだい。親方、わるいことはいわねえ。こんなタイは、ごみだめへすてて、犬にでも食わせっちまいな」と指図する。
長八が、「やい、口のききように気をつけろい!おれのタイのどこがいけねえ」と言うと、物おじせずに吉は、「生きているタイとくらべりゃ、すぐわからあ!」と開き直った。
長八は吉がもっていた魚を残らず買い取ると言い、1両渡して生きたタイを買ってきてくれと頼んだ。しかし吉は鼻で笑って、
「1両じゃ、お江戸のタイは手に入らねえよ」と言う。
それならと、3両持たせ、吉に「お江戸のタイ」を買いにやらせた。
ほどなくして、吉が3匹のタイを持って戻ってきた。
■僻むことなく、自らの過ちを素直に認めた長八
吉曰く、「こっちのやつは江戸のタイ。江戸のタイは内海(うちうみ)の静かな波にもまれているから、品(ひん)がいいやね。2番目は品川沖でとれるもの。一旦網にかかって、それからいけすの中へ囲っておくやつだから、たっぷりえさにありついて、太っちゃいるが、いつ料理されるかと、そればかり気にしてるから、つらにしわが寄ってらあな。魚だって、心配事はいちばんの毒よ。で、3番目が伊豆のタイ。こいつは荒海で暴れまわっていて、海辺の岩についている貝殻を鼻っ柱で叩きこわして食ってるんで、鼻曲がりだわな。それに肉はかたいし、大味(おおあじ)でとりどころのねえやつさ。ところが田舎もんは、この伊豆のタイを上物(じょうもの)だと思っていやがるから、世話はねえや。江戸の気の利いた料理屋は、こんなタイは使わねえ。