忠義一筋!人質時代から天下人まで、ずっと徳川家康を支え続けた天野康景・前編【どうする家康】 (8/8ページ)
さっそく二十日の祝いで披露しよう」
御鎧の賀儀。鎧開きなどとも呼び、甲冑を祀ることで武運長久などを願う(イメージ)
家康は1月20日、御鎧の賀儀(おんよろいのがぎ。鎧開き・具足始め。二十日は刃柄に通じて武士の縁起担ぎとされた)において連歌会を催しました。
「天野の下女が、夢でかような歌を聞いたそうな。これを発句に詠もうではないか……」
かくして連歌会は大盛況。その年は長篠の合戦において武田勝頼(かつより。信玄の子)に大勝利。三方ヶ原の雪辱を果たしたのでした。
あの夢は天のご加護だったに違いないと、これ以来毎年の連歌会においてこの連歌が詠まれたということです。
【後編へ続く】
※参考文献:
煎本増夫『戦国時代の徳川氏』新人物往来社、1998年10月 煎本増夫 編『徳川家康家臣団の事典』東京堂出版、2015年1月 『寛政重脩諸家譜 第五輯』国民図書、1923年1月 新井白石『新編藩翰譜 第5巻』人物往来社、1968年1月日本の文化と「今」をつなぐ - Japaaan