「鎌倉殿の13人」葛藤する源実朝、深まる北条義時との対立…第39回放送「穏やかな一日」予習 (5/7ページ)
和田義盛が源実朝におねだりしたものとは?『吾妻鏡』を読んでみると…【鎌倉殿の13人】
「政治に公平を期すべきだの何だのと言って、和田の推挙を阻んでおるくせに、自分の取り巻きどもは取り立てろと言うのは筋が通らぬ!」
しかし毅然な態度をとってはみたものの、やはり北条氏の権勢にはやがて妥協を強いられていく鎌倉殿。やがて実朝の懸念どおり、北条得宗家の取り巻きが幕政にのさばっていくようになるのでした。
ただし、何とか義盛の願いを叶えてやりたい実朝は「義時がワガママを言い出したのなら……」とばかり、11月27日に義盛をコッソリ呼び出します。
和田左衛門尉義盛上総國司所望事。内々有御計事。暫可奉待左右之由蒙仰。殊抃悦云々。
※『吾妻鏡』承元3年(1209年)11月27日条
「和田よ、上総国司の件はしばし待て。内々に計らっておるゆえ……」
義時の要求を通すなら義盛の願いも通すし、もし義盛の願い通らずば……ということで、義時に対抗するための布石を打つのでした。
守護の交代制に断固反対!
さて、和田義盛を国司(守護)に推挙できない実朝の不満は、現職守護たちの仕事ぶりも一因だったと思われます。
