「鎌倉殿の13人」破れて砕けて裂けて散るかも…第39回放送「穏やかな一日」振り返り (9/11ページ)
春霞 たつたの山の 桜花
おぼつかなきを 知る人のなさ【意訳】竜田山(生駒山地の南方に連なる山々)の桜が春霞に隠れるように、病にやつれた(疱瘡であばたが出来てしまった)私の顔を、どうか見ないで欲しい。
随分と遠回しながら、泰時を思い恥じらう実朝の様子が目に浮かぶようです。確かにこれを贈られたら、泰時としては返歌に困るでしょうね。
さんざん悩み抜いた挙げ句「渡す歌をお間違えでは」ということにして、歌を返納した泰時。「間違えてしまったようだ」悲しくやさしい笑いを浮かべる実朝の表情は、実に儚げでした。
先ほどは義時に「間違えた」と言わされ、今度は泰時に「間違えてしまった」と言わざるを得ない状況に追い込まれた実朝。義時と泰時が実に似た者であることを、別の角度からも感じさせます。
では、今度はちゃんとした歌を……と贈り直したのが冒頭の一首。
大海の 磯もとどろに よする浪
破(わ)れて砕けて 裂けて散るかも【意訳】大海原より磯に打ち寄せる波は、破れ砕け裂け散るのだ。
一見すると雄大な自然を謳いながら、実は失恋の悲しみをストレートにぶつけたのでした。よく恋愛で「当たって砕けろ!」などと言いますが、まさに砕け散った実朝の心をこれ以上なく詠んだ一首と言えるでしょう。
※ただし、これは大河ドラマの解釈(創作)であり、実朝が泰時に密かな思いを寄せていたことを裏づける史料は令和4年(2022年)時点で発見されていません。