「鎌倉殿の13人」破れて砕けて裂けて散るかも…第39回放送「穏やかな一日」振り返り (5/11ページ)
「フッ……軽々に私を頼りおって。お前には父を超えようという気概はないのか」
偉そうに宣いますが、じゃああなたが今の朝時と同じ年ごろ(10代後半)の時、あなたはお父上を超えようとなさってましたっけ?とお訊きしたいところです。
まぁ、この辺りの描写は「未熟だった昔のことなどすっかり忘れ、権勢に驕っている」義時の傲慢さを表現しているのでしょう。
自分にまっすぐ楯突いてくる(でも、自分の存在を脅かすことは多分ない)泰時は可愛い一方、自分の存在を恐れて卑屈な朝時は気に入らない義時。
あまり可愛がられて来なかったため、ずっとのえ(実際にはその下女)の元で育てられた朝時は、母親と違いあまり品の良い人物には育ちませんでした(その辺りも、義時が疎んじる一因なのかも知れません)。
干し果物?をつかみ取って頬張る朝時。「下品な人は嫌い」と辟易する“のえ”に対して、初(演:福地桃子。矢部禅尼)は「母上は上品な方でしたけどね」と一言。
これは「育ての親≒のえに似たのだろうよ」という遠回しな皮肉。この二人は、いいコンビ(意味深)になれそうですね。
三善康信の穏やかなひととき「お前はいつも、逆にしてみろと言う」
今日も今日とて三善康信(演:小林隆)の指導を受けて、和歌のお稽古に励む実朝。
【実朝の詠んだ和歌】
今朝見れば 山もかすみて 久方の
天の原より 春は来にけり【康信による添削】
久方の 山もかすみて 今朝見れば
天の原より 春は来にけり
確かにその和歌は、康信の言う通り「久方の~」を頭に持って来た方が奥ゆかしく感じられます。
しかしそこへやって来た源仲章(演:生田斗真)。京都でも高名な歌人・藤原定家(ふじわらの ていか/さだいえ)より実朝の和歌にコメントがあり、康信のアドバイスが裏目に出てしまったことを知らされました。