「鎌倉殿の13人」鎌倉を火の海に。ついに勃発、和田合戦!第41回放送「義盛、お前に罪はない」予習 (13/15ページ)
義時は金窪行親(かなくぼ ゆきちか)・安東忠家(あんどう ただいえ)に命じて首実検を行ないます。
もうすっかり暗くなっていたので松明を灯し、由比ヶ浜の波打ち際に義盛はじめ和田一族の首級をずらりと並べていきました。
一方、泰時は共に死闘をくぐり抜けた御家人たちを迎えて、自宅で慰労会を開きます。
「皆さん、今回は本当にお疲れ様でした。どうか大いに楽しんで下さい。ところで、私は今後一切酒を呑まないことを誓います」
「と言いますのも実は私、5月1日は深酒をしてしまって、5月2日の明け方に敵が攻めて来た時は二日酔いで大変だったのです。何とか鎧兜を着けて馬に乗ったまではいいのですが、もう意識が朦朧として、とても戦うどころではありませんでした」
……などと供述する泰時ですが、戦闘が始まった(和田勢が御所へ攻めて来た)のは酉刻(18:00ごろ)。記憶すら曖昧になるほど呑んでいたようで、少なくともほぼ一日酔っ払っていたのでしょう(あるいは翌朝、迎え酒なんかキメてしまったのかも知れません)。

御所の惣門をぶっ倒され、慌てふためく北条方。歌川国芳「和田合戦 朝夷奈三郎義秀 猛勇怪力之図」
「あの朝比奈三郎(義秀)が惣門をブチ破った時は、これは『今度こそ、死ぬ!』と思ったものです。