「鎌倉殿の13人」鎌倉を火の海に。ついに勃発、和田合戦!第41回放送「義盛、お前に罪はない」予習 (8/15ページ)

Japaaan

いったん浜へ退け!」

和田勢は由比ヶ浜へ後退。その勢いに乗じて足利義氏・八田知尚(ともひさ。知家の子)・波多野経朝(つねとも。忠綱の子)・瀬田実季(せた さねすえ)らが攻めかかったのでした。

5月3日・その一「いまだ闘志は衰えず」

小雨が降ってきました。寅刻(午前4:00ごろ)、いよいよ敗色濃厚となった和田勢。
しかしそこへ駆けつけたのが横山時兼(よこやま ときかね)。義盛にとって義理の甥に当たります。

婿の波多野三郎(さぶろう)、甥の横山五郎(ごろう)ら数十名を引き連れ、和田勢3,000騎(※)はにわかに士気を取り戻しました。

間に合った!応援に駆けつけた横山時兼たち。歌川芳虎「和田合戦図」より

(※)『吾妻鏡』にそうあるのですが、当初150騎だったのが(勝ち戦ならともかく、敗色濃厚な軍勢が)3,000騎にも膨れ上がるでしょうか。横山勢の援軍が数十騎ですから、後から駆けつけた者を含めてもせいぜい300騎がいいところと見られます。

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