「鎌倉殿の13人」刻々と近づく1月27日。『吾妻鏡』をたどり、第44回放送「審判の日」を予習 (3/7ページ)
さて、その公暁は相も変わらず籠りっきりで、ひたすら願掛けを続けていました。一心不乱のあまり頭髪も剃らず、異形の様相を呈したと言います。
霽。鶴岳別當參籠宮寺。更不被退出。被致數ケ祈請。都以無除髪之儀。人恠之。又以白河左衛門尉義典。爲奉幣于太神宮令進發。其外諸社被立使節之由。今日披露于御所中云々。
※『吾妻鏡』建保6年(1218年)12月5日条
【意訳】晴れ。公暁はずっと籠りっきりで祈祷を続けている。頭髪も剃らず人々が怪しんでいる中、白河義典(しらかわ よしのり)を伊勢の神宮へ派遣したほか、各所へ使者を出したことが報告された。
果たして公暁が何を祈祷しているのか……実に不穏な空気が漂うのでした。この時点で何か感じそうなものですが、それともあえて泳がせていたのでしょうか。
義時の夢枕に立ったのはさて、このころ義時は夢のお告げによって大倉に薬師如来を祀る新御堂を建立。これが現代の覚園寺(かくおんじ)となります。
晴。右京兆依靈夢所令草創給之大倉新御堂被安置藥師如來像〔雲慶奉造之〕。今日被遂供養。導師莊嚴房律師行勇。咒願圓如房阿闍梨遍曜。堂達頓覺房良喜〔若宮供僧〕也。施主并室家等坐簾中。相州。式部大夫。陸奥次郎朝時被坐正面廣廂。信濃守行光。大夫判官行村。大夫判官景廉已下御家人爲結縁群參。源筑後前司頼時。美作左近大夫朝親。三條左近藏人親實。伊賀左近藏人仲能。安藝權守範高等爲布施取。各參候于堂南假屋。戌剋事終。導師已下被引御布施。