「鎌倉殿の13人」ついに鎌倉殿の鎌倉離れ?愛想を尽かした義時は…第44回放送「審判の日」振り返り (3/9ページ)

Japaaan

如夢兮白犬見御傍之後。御心神違亂之間。讓御劍於仲章朝臣。相具伊賀四郎許。退出畢。而右京兆者。被役御劔之由。禪師兼以存知之間。守其役人。斬仲章之首。當彼時。此堂戌神不坐于堂中給云云。

※『吾妻鏡』建保7年(1219年)2月8日条

そうと知らない公暁は義時と思って仲章を斬ったのですが、この時に義時の守り神であった戌神は御堂の中にいなかったと言います。もしかしたら、あの白い犬は戌神の化身だったのかも知れませんね。

実朝、京へいく?

頼仁親王を養子に迎える準備を着々と進める実朝。この際だからと義時に京都へ御所を移す計画を明かしましたが、ご自分で何を言っているのか分かっていますか?

この前「鎌倉を源氏の手に取り戻す」と言って、今回も劇中で公暁にもそう言っていました。それなのに自身は京都に行くって、鎌倉を取り戻すのは公暁に丸投げ=勝手にやれという事なのでしょうか。

そもそも、鎌倉殿を鎌倉殿たらしめているのは鎌倉にあって坂東武者たちに君臨しているからです。この武家政権を確立するためにどれほどの血が流れたか、知らないとは言わせません。

東国に武家政権を樹立するまでの歴史や鎌倉殿の使命や存在意義などは、鎌倉殿として必修科目ではないでしょうか。

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