慈円は本当に「中世きっての名僧」なのか?その生涯から名場面をピックアップ【鎌倉殿の13人】 (4/8ページ)

Japaaan

コノ次第ノコトハリヲコレハセンニ思テ書置侍ルナリ……

※『愚管抄』第四巻より

【意訳】保元元年(1156年)7月2日に鳥羽院が崩御され、日本国中に反乱が起こった。以来、武者(むさ)の世になった。このことは特筆すべきと思い書き残しておく。

いわゆる保元の乱。後白河天皇(演:西田敏行。当時在位中)と崇徳上皇(すとくじょうこう)の権力争いに武士たちが投入されたことにより、その存在感と影響力が高まりました。

まさに「武者の世」来たりけり。『平治物語絵巻』より

続く平治の乱(平治元~永暦元・1160年)も続けて制した平清盛(演:松平健)が権勢を極め、すっかり天下は「武者の世」に。

「この次第の理(ことわり)を、これは詮(せん。ここでは歴史的なしるし・記念)に思いて書置きはべるなり」

慈円の読みは、見事に的中したと言えるでしょう。

批判はすれど、弾圧はせず

ただ念仏を唱えるだけで救済される。貧しい民にとって、苦しい現世を生き抜く知恵として広まった専修念仏(称名念仏)。

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