慈円は本当に「中世きっての名僧」なのか?その生涯から名場面をピックアップ【鎌倉殿の13人】 (1/8ページ)

Japaaan

慈円は本当に「中世きっての名僧」なのか?その生涯から名場面をピックアップ【鎌倉殿の13人】

後鳥羽上皇に仕える中世きっての名僧。のちに『愚管抄』を著す。

※NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」公式サイトより

世に名僧は多いものの、慈円(演:山寺宏一)が「中世きって」の名僧とは随分大きく出ましたね。

だって考えてもみて下さい。中世の定義は諸説あるものの、一般には平安時代(平安京遷都~)から戦国時代(~徳川家康による江戸開府)までですから、実に800年以上。

その約800年の歴史において「きっての」つまり「ぶっちぎりで一番の」名僧だと言うのです。凄すぎませんか?

慈円。『國文学名家肖像集』より

初めて人物紹介を見た時から、正直「そこまでか?」と思っていました。しかし、もしかしたら筆者が知らないだけで何か「中世きっての名僧」と呼ぶにふさわしいエピソードがあるのかも知れません。

そう、人間謙虚さが大事……という訳で調べてみました。山寺宏一が演じる慈円の名僧らしいエピソードを。

ハイスペックなエリートだけど、皮肉屋な一面も

まずは慈円の簡単なプロフィールから。久寿2年(1155年)4月15日から嘉禄元年(1225年)9月25日にかけて生き、父親は関白を務めた藤原忠通(ふじわらの ただみち)。

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